もぞもぞする現場からのレポート2022:第1回「研究の現場から」

2023. 6. 2

中川眞(本事業ディレクター)

もぞもぞする現場
——芸術と障害にかかわる人たちの、ネットワークづくりのためのアセンブリー
第1回「研究の現場から」

日時|2022年11月5日(土)13:00-17:00(トーク2時間+ゆるゆる対話2時間)
講師|服部正(美術史・芸術学/甲南大学教授)
   長津結一郎(アーツマネジメント・文化政策学研究者/九州大学大学院芸術工学研究院准教授)
対話者|上田假奈代(詩人/NPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム)代表理事)
会場|京都市地域・多文化交流ネットワークセンター(京都市南区東九条東岩本町31)

左から、上田假奈代さん、服部正さん、長津結一郎さん

 第1回は主に障害のある人の表現に関わっている研究者2名が講師として招かれた。研究者にとって現場(あるいは仕事場)とは机に座して論文を書く部屋かと思われるかもしれないが、今回の講師2名は、積極的にフィールドワークを行い、時に障害のある人とともに表現をしたり、支援をしたりといったアクティブな関わりをもつ人たちである。

 最初に登場したのは服部正さん(甲南大学教授)。服部さんは学生時代にスイスのローザンヌにあるアール・ブリュット・コレクションを訪れ、展示に衝撃を受け、そのような芸術のあり方を研究しようと決意した。1995年から2013年まで美術館(兵庫県立近代美術館〔のちに兵庫県立美術館に改称〕、横尾忠則現代美術館)に学芸員として勤め、2013年より甲南大学文学部へ転職、今日に至っている。服部さん自身は、「講座タイトルは『研究の現場から』なんですけど、どっちかというと『美術館の現場から』の方が自分の中ではしっくりくるのです」という。両方の立場から見えてくるものを語ろうという姿勢に見えた。

 次に登場したのは長津結一郎さん(九州大学)。長津さんは学生時代に、障害のある人を含んだマイノリティとマジョリティの境界線を往来するパフォーマンスに関わり、それに触発された形で大学院で研究を続けた。理論的考察と実践との往還を一貫して続け、舞台パフォーマンスの演出に関わるなどしている。大雑把にいえば服部さんは美術系、長津さんは舞台系という背景をもつ。また、二人とも厚労省・文化庁の、障害者による文化芸術活動の推進に関する基本計画改定のための「障害者文化芸術活動推進有識者会議」のメンバーという共通点もあり、文化政策との関係も深い。

 対話者としては上田假奈代さん(NPO法人ココルームの代表理事、詩人)が登場した。上田さんは2000年代初頭より、新世界(浪速区)、釜ヶ崎(西成区)を拠点としてカフェやゲストハウスのふりをしながら、当該地域の人々と、それ以外からやってくる人々との接点を作ったり、表現メディアを持たない人々に様々な可能性のあることを示したり、交流の機会ともなる「釜ヶ崎芸術大学」というプロジェクトを実施するなどしてきた。この3名を軸に本講座の前半が行われ、後半にフロアの参加者も交えた複数の円座ディスカッションが行われた。後半のディスカッションは、自由な発言を保障するためにインターネット上で公開しないという説明を事前にしたため、本報告は前半部分のみを対象とした。

 服部さんの話は、「アール・ブリュット、アウトサイダー・アートと障害のある方のアートとは全く別物なのです」という重い一言から始まった。

アール・ブリュットと障害のある人の芸術を切り離すこと

 ジャン・デュビュッフェの収集したアール・ブリュットには障害のある人の作品が多く含まれているのは事実であるが、服部さんはアール・ブリュットとそれらを同一視、混同してはいけないという。日本では障害のある人の作品=アール・ブリュットと曲解され、政治的に利用(例えば予算獲得など)されている現状があり、誤用を糺すところから始まった。

 「アール・ブリュットというのは1945年くらいに構想された概念、アートの考え方なので、新しくないんですね。額縁に入る絵だったり、台座に載る作品が中心なんです。そのような形式の中に障害のある人の創作活動を閉じ込めてしまう可能性がある。アール・ブリュットとして評価されるものをめざすと、古いアートの形式に限定されてしまう可能性がある。それから、障害のある人を、特別な才能を持つ人に限定してしまう可能性もある……障害のある方の芸術活動を通常の芸術活動と分離してしまう。名前をつけてラベルを貼り付けるということは普通のアートではないということになる」といって問題点を指摘する。現在、私たちが接することのできる障害のある人の作品は、素材や表現方法において、従来の美術館展示という枠組みに収まらないものが多い。従って、障害のある人のアートが、いわゆる絵画や彫刻といったものと、それ以外のものというふうに分断されてしまう恐れがある。またアール・ブリュットの概念が持つアート至上主義的な考え方が、障害のある人のアート活動にはそぐわないということもある。障害のある人のアートは質を問われないということではなく、アートが成立するプロセスや基盤がアール・ブリュットとは異なるということなのである。服部さんはそこを分けた上で、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートに対する正当な評価が必要であるという。

服部さんのアプローチ:アール・ブリュット批判

 「アール・ブリュット自体は美術制度、美術館の批判としては今でも有意義だと思うけれども、障害のある人の創作活動を考えるうえではあまりプラスにならない」と考える服部さんは「障害のある人の創作について考えるのと、アール・ブリュットについて考えるのではベースが違う」という。そのベースの違いはどこにあるのだろう。服部さん自らが携わった例について紹介しよう。

 それは京都国際マンガミュージアムでの「縮小社会のエビデンスとメッセージ:人口・経済/医療・福祉/教育・文化/地域・国際、そしてマンガ」展である。西淡路希望の家(大阪市東淀川区)の野村知広さんと下司雅英さんの営為が紹介された。野村さんは日々、グループホームや事務所での自由時間にチラシを折ってゴミ箱のような箱を作り、それをポケットに入れて施設の職員さんに会うたびに渡していく。施設のいろんなところに野村さんの箱が広がっている。それを施設では大事に取っておくだけではなく、それについての本まで作った。その動きがとても面白く、この展覧会でもチラシをたくさん置いて、来館者がその場で折って置いて帰ってもいいし、持って帰ってもいいという形にした。

 下司雅英さんはグループホームで、テレビを見ながらチラシを螺旋状にハサミで手を入れ、くるくるっと切って置いていく。それはテレビを見るときの手持ち無沙汰の手作業のようなものなのだが、半ば自動的に紙を切っておいていく。ゴミのようにも見えるが、取っておいてダンボールに集め、ある時、施設の職員のための展覧会が開催された。下司さんは重度な障害を持ち、大変な利用者さんとしてしか思われなかった傾向にあったが、下司さんが切っている周りに施設の方々が来て、自分も切ってみるということをしているうちに、ずいぶん関係性が変わったと施設の方は言っていた。マンガミュージアムでも、その場で切れるようにした。

 この2人の「作品」は誰でも作れるものである。それ自体に芸術的な価値があるというものではない。アール・ブリュットとは正反対である。重要なのは、そこに関係性が生まれているということ。そういうものを研究者として、あるいはキュレーターとして拾っていくことが大事ではないかと服部さんはいう。例えば、障害のある人や高齢者の方が、ハンディがあるにもかかわらずこんなすごいものを作っていますよという展覧会を目にすることがあるが、それは拡大拡張路線でしかない。「縮小社会、少子高齢化の社会において、アール・ブリュットのように老体に鞭を打って勤労することを強要するのではなく、そういう右肩上がりの拡大の神話に再考を促すものでなくてはならない」と考え、服部さんは西淡路希望の家の営為を紹介したのであった。「アール・ブリュットモデルの限界を示したい」という意図を込めて。

つくられる「障害者」

 長津さんは、そもそも「障害者」がどのように誕生する(つくられる)のかに関心をもつ。それは同時に「健常者とは何か」という問いに対して自覚的、批判的に答えることでもある。

 学生時代にアート・アクション・ユニットの「マイノリマジョリテ・トラベル」による作品制作の手伝いをしたときに、ある助成金プログラムの要項の中に「障害のある人とアーティストによる協働で企画を行うことを支援する」と書かれてあることに対して、主催者が「障害がある人とアーティストってどういうことだ? アーティストには障害がないってこと? 障害があるというのはどこからどこまで?」というような疑問を呈したことに強い印象を受けたという。パフォーマンスはマイノリティとマジョリティの境界を行き来するもので、のちに長津さんの『舞台の上の障害者 ─境界から生まれる表現─』という本にまとめられた。その序文に「その人を舞台に上げている人は、いったい誰なのだろうか。何のためにその人は、舞台に上がり、脚光を浴びているのだろうか。その光はいったい、誰が当てているのだろうか。観客は、何に対して拍手しているのだろうか。——『健常者』である『わたしたち』の消費対象として、舞台に上げられる『障害者』という像。その、舞台に上がる/上げられるという二項対立の関係を、ずらし、つなぎかえることについて考えてみたい」と書かれている。これが長津さんの出発点であり、今なお問い続けているキーとなるアイデアである。

障害学について

 上述の問題を、長津さんは障害学と関係づける。先述のマイノリマジョリテの文脈でいえば、誰が障害者なのか、どこにその境界線があるのかということについて障害学は明らかにしようとする。個人モデルと社会モデルの説明から始まった。

 (バスに車椅子に乗った障害者が乗り込もうとしている絵を見せて)「この絵の中に障害がありますか?」と問えば、「真ん中の赤い服を着ている車椅子の人が障害者ですよね」と答えが出てくる。これが個人モデル的考え方で、障害はその人にある。一方、社会モデルではこの絵には障害がないともいえる。なぜならバスの運転手が車椅子を押し、スロープがついていて、おそらくバスの中には車椅子を固定するものがついている。障害のある人の目標はバスに乗ってどこかにいくことであるから、それが達成されている。「障害のある人の周りにある社会的、文化的、経済的障壁が障害を生み出している」というのは社会モデル的な立場であり、長津さんはそこに立脚する。

 ただし社会モデルは万能ではなく、障害の有無という境界線自体が本当に自明のことなのかが問われたり、障害者差別をなくす取り組みが活発になっても排除される人が依然としているという現実があったりする。そういった社会の限界において何を大事にしていくのか、「個人か社会かみたいな二項対立だけじゃ収め切れないんじゃないか」と長津さんはいう。そして次に、最近の社会モデルをめぐる新しい議論の中から「肯定モデル」を紹介する。それは「障害に対する悲劇的ではない見方に焦点をあて、障害者に対する否定的な属性や認識を否定することで、肯定的な社会的アイデンティティを作る」という考え方である。さらには「人権モデル」の考え方として「インペアメント(損傷や疾病など)があろうがなかろうが、人としての権利を有している。人間の多様性の一部としてインペアメント自身も評価して、それをまたアイデンティティの問題として障害を認識していく」という議論があることも紹介した。

 障害学を日本に早くから導入した杉野昭博氏による、障害のある人が関わる文化の3つの類型、「従属文化」「抵抗文化」「固有文化」も紹介された。従属文化とは健常者が期待する障害者の在り方であり、抵抗文化とは健常者社会に対して抵抗していく立場のことだ。固有文化は障害がある人自身のアイデンティティを顕在化して、代表的な例としてろう文化がある。長津さんはこれらに優劣があるのではなく、文脈に応じて組み合わせたり使い分けたりしたらどうかという。要するに、健常者視点からではなく、より幅広い視点から障害のある人の文化を捉えることによって、その豊かさを正当に(公平に)評価しようというのである。

文化政策の観点から

 長津さんは、冒頭でも書いたように文化庁による「障害者文化芸術活動推進有識者会議」のメンバーであり、最後に文化政策と関連する話題を提供した。そこでは芸術の価値の問題、その「本質的価値」「社会的・経済的価値」が議論された。そもそも価値について国が関与することへの疑問を呈しながら、仮に価値を論じるにしても、これまでの評価の基準では論じ得ないような表現が、障害のある人の芸術にはあるのではないか、まさに本講座のタイトルにあるような「もぞもぞ」した状態を受け入れながら、「本質的価値」と「社会的・経済的価値」にまたがる領域を拡張していけないかと投げかけてトークは終了した。

上田さんから

 次に登場した上田さんは、調査を重ねる長津さんに「観察しながら言葉にしていくときにどんな向き合い方があるのか。残り香みたいなものをどうしているのか。言葉からこぼれていったり、残像のように残ったりするものについて何か思ったりするのか」と尋ねる。それに対して長津さんは、障害のある人の表現活動が近年公共事業となったことによって事業評価が取り入れられていることに触れながら考えを述べた。事業評価では、ロジックモデルなどによって明確な目標、数値が定められたりするが、現場はそれほどロジカルではない。国や都道府県がめざす目標と合わないこともあり、中間支援の立場としては組織と個々の現場当事者との狭間に立って悩むことがある。そのような状況の中で研究者は、その、ロジカルに捉えきれない「もぞもぞ」にどれほど寄り添っていけるかが肝要だと長津さんは話す。自分の意見を押し付けるのではなく、支援者のやりたいことを聞き出す。そこにはとても面白いものが生まれてくる可能性があるが、他方で、目指されるべき目標と相容れない場合もある。そこに悩ましいジレンマがあると思うと答えた。

 服部さんには、「芸術から見ていくか福祉から見ていくかで全然違うというところが気になる」と上田さんは問う。対して服部さんは「たまたま個人の表現があり、それを支える周囲の人がいて、それが何らかの制度の中で実践されているという形があるわけですよね。そういうふうな周辺まで含めて関係性の中で見ていくことが大事だと思う。アール・ブリュットは個人モデルというか、一から十まで本人の中でできたもの。社会から孤立した中で、自分の中だけに創意工夫があって、関係性というよりは自分だけで、他の何かからの影響関係がなく、すごいものが作られる。天才神話もそこから生まれる」として、その違いを説明する。もちろん個人の自立的な表現に心打たれることは当然あるが、それをデュビュッフェのように「アール・ブリュットとして括って展示していくというのは搾取的」であり、そうではなく研究者は関係性を読み解いていくのが仕事だという。

 これを受けて、上田さんは関係性が流動的であることを指摘し、服部さん、長津さんも、流動的であることを言葉として一回定着させることの暴力性や権力性について触れた。それと関連して、上田さんの現場(ココルーム)について書かれた海外の研究者(アメリカ人)の論文をめぐって、彼女が少なからず傷を負い、それを回復させたプロセスの報告があって、本講座の前半が終了した。